高速代の2,000円が払えなかった日。使えない病は、給料では治りませんでした
1月2日。手元に1万円。これで、12月まで生きる。
僕の家には、お小遣いという制度がありませんでした。あるのは年に一度のお年玉だけです。その1万円を次のお正月まで持たせる。それが、小学生の僕の年間予算でした。
消防士を15年。そのあと市役所へ移りました、あにたろです。給料の話はこのブログで何度も書きましたが、今回は「もらった給料を使えなかった話」です。
朝5時のコンビニと、9円のもやし
小学生の僕がやっていたのは、遊戯王カードの転売でした。
新弾の発売日の朝5時、自転車でコンビニを梯子します。パックを買う前に袋の上から触って、レアカードが入っているものを見分ける。当時これを「サーチ」と呼んでいました。要るのは指先の感覚と、店員さんの視線に耐える心です。
触ると商品を傷めるので、傷めない方法も編み出しました。店がボックスごと置いている場合、束のまま横に倒して棚に置く。すると、レアの入ったパックだけ大きさが違います。見ただけで分かる方法でした。
当てたレアを売って、小遣いの足しにする。今なら恥ずべき行為で、書くべきではないのかもしれません。でも当時の僕は、本気でこう思っていました。
「いや、リンゴ買うのだって、美味そうなのみんな選んで買ってるから一緒やん」
自分に都合のいいほうへ、全力で解釈する子どもでした。1円でも使えるお金を増やす。それだけを考えて、1年を回していました。
問題は、その感覚が大人になっても抜けなかったことです。
消防に入って、給料をもらうようになりました。安定した収入です。それでもクレジットカードの引き落としができず、借金を抱えたんです。
そこからゼロ、いやマイナスからお金の勉強を始めました。投資も始めています。ある時期に、資産が1,000万円を超えました。
それでも僕は、肉を定価で買えませんでした。
買えない、というのは正確ではありません。買う理由が、どうしても見つからないんです。値札を見た瞬間に小学生の僕が出てきて、それは定価で買うとアド損だ、と言う。
貯める力だけは、もともと素質がありました。食費を月1万円に抑える番組が流行っていた頃、僕の食費は1万1千円ほどです。
もやしが9円、うどんも9円、たまごは100円ちょっとの時代でした。どこかで千円削れば、番組の人たちと同じ水準です。
貯めるしかできない人間になっていたことに、自分では気づいていませんでした。
話は、そこから何年も先に飛びます。
切り詰めすぎると、どこかで反動が来る。節約が上手すぎる人に向けてそう話しているのを、動画で聞いたことがあります。最後は使ってこそだ、とも。
聞いたとき、これは僕の話だと思いました。反動は、来ていました。イライラとしてではなく、「使う」という選択肢が最初から消えている形で。
治し始めたのは、妻と暮らすようになってからです。
僕なら絶対に買わない花が、家にあります。高価なアクセサリーも。僕なら絶対に選ばない食器が、棚にあります。最初は値札を思い浮かべていました。いまは、それがある部屋のほうが好きです。
高速道路を使うようになりました。下道で浮かせていた数百円、数千円を、時間で買い戻すようになりました。
地元まで2時間。高速なら、2,000円ほどです。
母が危篤だと緊急の連絡が入ったとき、当時の僕にはお金がなく、その2,000円が使えませんでした。下道で帰りました。
あの2,000円を、いまなら払えます。小学生の僕には、たぶん理解できません。
価格と価値と価値観は、別のものです。小学生の僕は、価格しか見ていませんでした。価値も価値観も値札の外にあると教えてくれる人が隣にいなかったら、まだ見ていなかったと思います。
肉も、たまに定価で買います。たまに、です。基本は割引の時間に大量買いして、冷凍保存しています。
定価で買うものを、一つだけ決める
公務員の給料は、たしかに安定しています。僕の手取りがどう動いたかは、消防士から市役所へ移って手取りが26万から24万になった話に実数で書きました。民間から移る方は、初任給と職歴加算の記事のほうが近いと思います。
ただ、安定した給料が入っても、使えない病は治りませんでした。給料の額の問題ではなかったからです。投資で増えても同じでした。増やすのは、最後は自己責任で自分でできます。使う練習だけは、自分ひとりでは始まりませんでした。
もし切り詰めるのが得意なら、定価で買うものを一つだけ決めてみてください。
僕は、肉でした。それ以外は、これまでどおり切り詰めていい。一つだけ、値札を見ずに買う。それだけで、使う側の筋肉が少しずつ戻ってきます。
おわりに
切り詰められる人は、強い人です。あの1万円で1年を回した小学生を、僕はいまでも嫌いではありません。
ただ、その強さは、使う場面で足を引っ張ります。反動は必ず来ます。僕の場合は、資産が増えてから来ました。
消防にいたころ、僕らで変えられたこともありました。それでも、文化そのものまでは変えられませんでした。だから外から変えたくて、市役所へ移りました。お金の使い方も同じで、中からは変えられなかったんだと思います。
あなたが、どうしても定価で買えないものは何ですか。僕は肉でした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
なお、身バレ防止のため、記事の時期や一部の設定は実際からずらしています。体験と数字は、実際のままです。